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高村薫 合田雄一郎シリーズ2

 「レディ・ジョーカー」を読み終わった。 

 現実の犯罪の裁判を取り扱ったニュースなどで、「被告の『心の闇』は解き明かされないままだった」という言葉を聞くことがある。「心の闇」という言葉は定型化しているようだ。

 「照柿」で作者は野田達夫の「心の闇」を解明してみせたのではないかと、ふと思った。
 子供の頃、雄一郎が飼っていたカラスに青い油絵の具を塗りたくって死なせてしまい、「君みたいな人間は未来の人殺しだ」という絶交状をつきつけられたこと。野田はカラスをきれいな色にしたかっただけかもしれない。彼は感受性の強い子供で「未来の人殺し」と言われたことがひどく応えた。
 「心の闇」の原点は「未来の人殺し」という絶交状の言葉だったらしく思われる。野田は成長の過程で自分が本当に人殺しになるのではないかと怯えつつ、不良行為を重ねてきた。
 多感な時代に父親の愛人の一人が鉄道へ飛び込んで自殺してしまう。しかもその現場を雄一郎とともに目撃してしまったのだ。野田は結果的に彼女を殺したのは父親だと思い、「人殺し」の父親の血を引いている自分の将来に暗澹たるものを感じていたのではないか。
 過去に別れを告げたつもりで故郷を離れ、仕事につき結婚もして日々の生活を送っていた時に、父親の死の連絡が入ったことで、いやおうなく過去と向き合うことになっていく。葬儀のために帰郷しようと駅に来た時にこれもまた偶然に合田に会ってしまったことで心の揺れは増幅してゆく。
 
 真剣に取り組もうとすればするほど悩まされる結果になっていく仕事上の困難や一人の女性を挟んでの雄一郎との新たな対立、うまくいかない家庭生活。あれやこれやが絡み合った挙句に、不眠症が追い討ちをかけて起こしてしまった殺人という犯罪。何故そういう結果になったのか、野田は「未来の人殺し」という言葉に悩まされた過去に遂に引きずりこまれてしまったのではないか。
 
 ずっと昔は犯罪の原因は主に貧困だったそうだが、現代の犯罪は一筋縄ではいかず簡単に解明できるものではなさそうだ。
 
 「レディ・ジョーカー」では最初に犯罪を企てたのは若い頃の貧困の記憶が残っている物井老人だった。
彼は働いても働いても豊かさとは縁遠かった時代、心の底にどす黒いものを溜め続けて、一度は遂にそれが噴出しかけたことがあった。たまたま何事もなく済んだが、自分の中の悪を自覚している人間だ。 
 外孫が自分に流れている血に悩んで不幸な死に方をし、その父親である女婿も得体のしれないものに利用された挙句に自殺してしまったこと。その原因を知った時、老人は若い頃自分の中に湧き起こったことがある悪鬼を思い出し、二人の死の遠因となった企業に復讐しようと企てる。
 物井老人に誘われてグループに加わる、施設育ちだった若者や、在日の信金職員や、病妻と障害者の娘を抱えた運転手の男や、鬱屈を抱えた刑事らは、それぞれに内面にどうしようもなさを抱えている。
 犯罪の発端はそこからだが、警察組織や企業の思惑、表沙汰にできない裏社会や、事実をリークしようとするマスコミ、それぞれの社会で呻吟し、蠢く様々な人間を巻き込み絡み合って、簡単に解きほぐす事もできないような巨悪に膨張していく。自分たちが意図した以上の騒ぎになって物井老人は、気がつく。自分の中の悪鬼など実は大したことはなかったと。世の中には想像もできない巨悪が存在するのだと。

 合田雄一郎シリーズと言いながら合田は登場人物の一人という扱いである。思い通りにならないことに憤ったり、悩んだりするけれども、それは他の登場人物も形こそ違え苦悩を抱えているわけだ。個人個人が生きていくということはそういうどうしようもなさを抱え続けることかもしれず、周囲との軋轢やら同調やらを繰り返しながら、年月を送ることかもしれない。合田と元義兄の加納の友情を超えた間柄は、登場人物間の恋愛を含めた人間関係をさらに膨らませている。合田と加納の間にあるのは同性間の愛らしいが、私はそういうのもありかと思っただけだった。 
 
 読後、推理小説で最期に種明かしを読んだ後のようなすっきりした感じは全くない。かといって無力感や 虚脱感というものも私は感じなかった。こういう小説を書くことができる力のある人がいることにただただ感じ入ってしまった。
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