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クリストフ三部作

アゴタ・クリストフの三部作、「悪童日記」に続く「ふたりの証拠」「第三の嘘」を読んだ。どの作品も難しい言い回しなどなく、そっけないくらいの文章で、読みやすいのだが、読後感はずっしりと重い。

第一作が、双子の少年が生き延びていくための悪童ぶりがバイオレンス小説のようだったのに比べると、第二作は社会体制が変わった戦後の時代が背景のせいか、静かで暗い。第一作の最後で、国境を越えようとして爆死した父の骸を乗り越えて一人が脱出に成功した後、国に残ったもう一人の生活を描いているはずが・・・最後にどんでん返しが起きる。第一作で描かれた双子の過酷な生き方も、双子の兄弟の存在も含めた家族関係も、その他の登場人物もほとんどすべてが、創作だったというのだ。戦争末期にふたりを迎えに来て眼前で爆弾にあたって亡くなった母親の話も、亡命を試みて地雷を踏んで亡くなった父親の話も、おばあちゃんの実像も、どこからどこまでが事実か分からない。手記を書いたのは国から脱出して何十年も後に戻ってきた男だ。
第一作のはじめの方の章で「真実しか書かない」と宣言していたのはいったい何なのだ。

第二作では双子のうち国を脱出した方にクラウス、残った方にリュカという名前がつけられている。
クラウスの行方がわからないまま、リュカは国に残っておばあちゃんの家で暮らしていたが、大人になってから何かの訳ありで行方不明になってしまう。何十年も後になって生まれ故郷へ外国からの旅行者として帰ってきたクラウスという男が、どうやらリュカらしい。少年時代に亡命したはずの双子の兄弟もクラウスという名前だから、紛らわしい。リュカがクラウスであり、クラウスがリュカであり、一方がもう一方の存在を内包している。ここまで読んだ時点では、作中の双子は一人の人間の中のもう一人の自分を意味しているのかと勝手に思ったが、そんな簡単な話でもなかった。
クラウスを名乗る男は、滞在期間を過ぎて不法滞在のため刑務所に収監される。取り調べを受けた際、確かに双子の兄弟がいたと言明するのだが、それを証明するものが何もない。本人が書いた創作の手記があるだけで、その中に登場する人物も実在しないのだから、話にもならない。

それでは双子の兄弟などいなかったのかというと、実は存在したというのが、三作目の「第三の嘘」である。
この三作目に至って、全体の種明かしがされているという構造だ。

戦争が始まって間もなく、父親はまだほんの子供だった双子の息子と妻を捨てて別の女性の元に行こうとしていた。怒った母親が父親を撃ち殺し、その際リュカが流れ弾で大けがをする。母親は精神病院に収監され、けがをしたリュカは病院へ送られた。
残されたクラウスは父親の愛人に引き取られて暮らす。戦争が激しくなるにつれ、そのまま家族の消息はわからなくなってしまったのだ。
長い期間をかけてけがが癒えた少年は社会復帰することになるが、引き取ってくれる家族がいない。リュカは血筋かどうかもわからない老女の元に預けられることになる。そこでの過酷な生活をもとに、空想を膨らませて書かれた手記が「悪童日記」とそれに続く第二作の内容のほとんどということだ。リュカは想像の中で、現実には不在の双子のクラウスと一緒にいる。
お婆さんが亡くなった後、血縁関係が証明できずに家を出なくてはならなくなって、見知らぬ男と共に母国からの脱出を試みて、かろうじて成功する。「悪童日記」で父親だった男は実は無関係な他人だったが、リュカが亡命したのは、その中に書かれているように十代半ばのことだった。亡命した隣国で彼は名前と年齢を偽る。双子のクラウスの名前を借用することで、彼はリュカとしての自分の存在を、おそらくまだ故国にまだ残っているであろう兄弟のもとに残しておきたかったのだろうか。彼の心の中に両親はもうすでにいない。肉親と言ったら、クラウスしかいない。

実際には子供の頃離ればなれになって以来、双子の兄弟は会うことがなかった。(小説の中ではいっときだけ近くに住んでいたことがあったがすれ違いに終わったことになっている) リュカはその厳しい人生の中で家族との再会を熱望し続けたのだろうか。それが未完の、空想混じりの手記に表れていたことになる。

父親の愛人に育てられたクラウスは、成長途上のある時、自分の生家を見つけだす。精神病院を退院した母親が住んでいることが分かって、結局、クラウスは母親の元へ帰る。帰ったからといって病んだ母親は庇護者にはなりえない。母親は自分の激情のせいで傷を負わせ、今では生死も不明なままのリュカのことばかり気にかけている。存在しない者は理想化されがちだ。実生活上の苦労を追わせているというのに、クラウスのことはけなしてばかりで、認めようとしない。
母親のそういう仕打ちに耐えて、中年過ぎに詩人として名をなしたクラウスを、クラウスを名乗っていたリュカが訪ねてくる。何十年も後にようやく再会することができたのに、クラウスはリュカを拒否してしまう。
相手から自分の存在を認められなかったリュカは、列車に身を投げて自らの命を絶つ。クラウスは肉親とは認めないままリュカの遺体を引き取って埋葬する。リュカはその死後やっとクラウスのもとに帰る。

錯綜する話を読み解く面白さの一方で、この三部作はやはり人間が生きていくことの深淵を描いているのだと確かに感じた。双子が意味しているのは、もう一人の自分以上に、もしかしたら自分自身の明暗のあらゆる側面かもしれない。置かれた環境に従って人間はどのようにでも変容し、変容しつつ生きていかなければならない。
文学作品をどのように解釈するかは解釈する側の力による。自分にきちんと解釈できる力があるとは思わないが、ただ何か重いものを感じている。
アゴタ・クリストフがきわめて寡作の作家だったのは、その少ない作品の中で書くべきことは書いてしまったからだろうか。

翻訳者の堀茂樹氏がアゴタ・クリストフについて書かれた古いエッセイを見つけて読んだ。社交性がないというよりは、世間擦れしていないというか、世俗的ではない人柄だったそうだ。

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