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「悪童日記」を読んだ

アゴタ・クリストフ「悪童日記」(早川書房)を読んだ。
短いセンテンスで書かれた、これまた短い章を連ねて一冊の小説が構成されている。
作者はハンガリー生まれで、母国に動乱が起きた際に、スイスに難民として亡命した人である。言葉が不自由な国で、工場で働きながら新しくフランス語を会得して、文筆の道に入ったのだそうだ。「悪童日記」のセンテンスが短いのは母国語ではないために、修辞や構文を使いこなすのに不自由があったせいかと思った。結果的にそっけない文体になっているが、それが逆に強い印象を与えている。
しかも、登場人物の感情や考えといった内面の描写がまったくない。本の中の初めのほうに、双子が実践する勉強の方法をしるした章があり、作文について
「感情を定義する言葉は、非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。」
と書かれている。この部分は作家自身の手法なのだろう。

この小説では、舞台も時代も人名さえも、固有名詞はほとんど出てこない。
たぶん、第二次大戦末期のことだ。ハンガリーの「小さな町」にあるおばあちゃんの家へ、母親に連れられて「大きな町」から双子が疎開してくる。“魔女”と呼ばれているおばあちゃんは双子の面倒などろくに見ようともせず、農場の働き手としてしか考えていない。双子は自分達の困難な状況に負けることなく、混乱の中をたくましく生き抜いていく。盗みもかっぱらいも脅迫も(時には殺人さえも)する。その一方では学校へ通えなくても二人で勉強もするし、貧しい隣家の面倒も見る。おそらくナチスによって移送中だったユダヤ人たちに意地悪な行いをした若い女に、爆発物をしかけるというとんでもない罰を加えたりする。
平時と違って、大人の庇護がない孤児同然の子ならば、混乱の中を生き抜くために、かっぱらいくらいするに決まっている。などと、軽い気持ちで読んでいると、おぞましいことがあっさりと書かれている章に遭遇したりする。
戦勝国の兵隊が進軍して来ても、住民は蹂躙される。戦争に正義などなさそうだ。

おばあちゃんの死後、二人のうちの一人は地雷の埋まった国境を越えて亡命し、一人はそのまま体制の変わった国に残ることに決める。常に一緒に行動してきた双子がそれぞれに独立するという最後は、何を表象しているのだろうかと、今考えているが、わからない。

「悪童日記」は三部作の初めの本らしい。他の本も読むつもりでいる。



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