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読書というより目を通しただけ

 十代のころ、読書といったら小説や物語などの文学作品を読むことだと思い込んでいた。そうして読書というものはしなければならないものだと思い込んでいた。そのくせ何を読んだらいいのか分からないから、高校生向けの雑誌の特集などで読むべき文学作品の特集が組まれていたりすると、それをすべて読破することを課題にしたりしていた。「車輪の下」も「知と愛」も「大地」も「罪と罰」も、その他もろもろの長編に目を通したのもそのころのことだ。
 読んだというより目を通したのだったと思う。つまりそうした作品から当時の私は感動らしい感動を受けなかったような気がするのだ。
 「嵐が丘」や「ジェイン・エア」や「風と共に去りぬ」から物語としての面白さを感じることはできたが、それを感動といえたかどうか。
 そうした作品群に対峙するには私が幼稚だったのだと思う。実人生の様々な事柄で心を動かしたことがない人間には、登場人物の人生の重みも分からないし、作者がその作品に託したものも理解できないに違いない。
 
 友人が最近ドストエフスキーを読み直して、流石に色々思うところがあったそうだ。具体的にどうだったという話は聞かなかったが。
 真似をして私も読み直そうという気は起きない。古典的な作品は何だかもう重すぎる気がする。
 今、私が面白いと思うのは佐野洋子さん(もう亡くなられたが)とか曽野綾子さんの痛快なエッセイなのである。
 
 
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中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
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