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やっちゃんと呼ばれた猫

 私の育った家には常に猫がいた。農家だったので米や麦が貯蔵してあったのだが、そこに鼠が寄ってくるのを防ぐつもりだったようだ。実際に役に立つのもそうでないのもいたけれど、猫にも一応の役割が与えられていたわけである。

 まだ私が実家にいて家事手伝いという名の無職だったころのこと、40年くらい前のことだ。ある時飼い猫が仔を生んだ。その中の一匹に茶白のぶちの雄猫がいた。ぶちの模様に特徴があって、頭の上から片耳にかけてと背中の2箇所だけに茶色のぶちがあり、他は真っ白だった。なかなかきれいな子猫で、可愛い盛りに母の知り合いに貰われていった。
 それはよかったのだが、一年もして大人の猫になると近所の小鳥を襲ったり、何かと悪さをするようになって苦情が来るようになったらしい。昔は猫を放し飼いにする家がほとんどだったからそういう問題も多かった。これ以上飼っておくわけにはいかないが、捨てることもできないし保健所へ連れて行くのも可哀そうだと、実家へ帰されてくることになった。
 猫は車に乗せられて運ばれてきた。我が家の近くで車から抱き下ろされたところで腕から逃げ出し、人間達が慌てているのを尻目にそのまま何処かへ走り去ってしまった。あっと言う間のことだった。

当時、実家のすぐ西側から私鉄の線路沿いにかけての広い土地が宅地造成されて新しい住宅団地ができかかっていた。そのなかに商店街もつくられ八百屋、肉屋、薬局、雑貨屋、クリーニング屋などが入っていた。買い物が便利になったので、私達のような昔からの住人も商店街へ買い物に行くことが多かった。
クリーニング屋は隣接する市のクリーニング屋の取次窓口として、中年の奥さんが毎日通って来ており、バイクで御用聞きや配達をしていて、実家でも利用していたので顔見知りだった。
 猫好きな人だったようだ。
 いきさつはわからないが、手っ取り早くいうと、行方不明になった出戻りのぶち猫はクリーニング屋さんの軒先に段ボール箱で作ったねぐらを与えられ、保護されていた。毛色の特徴から、まず間違いなくその猫だったと思う。根っからの野良育ちではなかったせいもあるだろう、猫はクリーニング屋の奥さんに懐いて甘えていた。
 私は何となく猫の素性について切り出すことができなかった。仮に事情を話して実家へ引き取っても、実家には既に何匹か猫がいる。そんな所へ戻っても居つくかどうかわからない。本音をいうとできればこれ以上猫を増やしたくないと思ってもいた。可愛がってくれる人がいるなら、まかせてしまおうと思ったのだ。
 
 猫はじきに店舗の中へ入れてもらい、「やっちゃん」という名前をつけてもらった。店が無人になる夜の間と、休みの日は軒先の段ボール箱ということになっていたようだが、そのうち商店街の近くのお得意さんの奥さんで、やはり猫好きの人が預かってくれることになったようだった。眼鏡をかけた、年配のいつも和服の奥さんだった。
 もしかしたら預かっているうち情が移ったのかもしれない。やっちゃんはその奥さんに溺愛されるようになったようだ。縁にひだ飾りをつけた、お地蔵さんの丸い涎掛けのような、お手製の首飾りをつけて、奥さんに抱かれているのをよく見かけたことがある。奥さんは毎日やっちゃんを抱いてクリーニング屋さんへやってきていたようだ。そんな時やっちゃんはなかなかの美丈夫ぶりだった。
 
 やっちゃんは幸せになった。
 けれど現世との別れが突然訪れた。何か悪いものを食べてしまったのか、それともたちの悪い病気にかかっていたのか、具合が悪くなってぐったりしてしまい、預かっていた奥さんによって大急ぎで隣の市の獣医さんへタクシーで運びこまれたそうだが、助からなかったそうだ。
 たまたま商店街へ買い物に出かけると、クリーニング屋の受付カウンターで、和服の奥さんが涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣いているのが目に入った。クリーニング屋さんの奥さんと目が合って、やっちゃんが逝ってしまったことを知らされた。
 
 やっちゃんという名前の由来はついに聞きそびれた。波乱はあったが結構幸せな一生を送った猫だったと思う。
 
 出戻りなど無理なことだったと思う。猫の方は生家のことも、親のことも、もちろん元の飼い主のことなどすっかり忘れていて、見ず知らずの場所に連れて来られて驚いてしまったのだ。

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中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
夫と猫2匹と暮らしています。リンクはフリーということでお願いします。

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