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「ダーク・サーティ」を読む  11/23

「ダーク・サーティ」(テリー・ケイ著 扶桑社ミステリー)を読む。
ウェイド一家は、曾祖父の代にジョージア州の山間地に入植して以来、その谷間に住み続けている。一家の家長ジェシーがたまたまその場にいなかった間に、家族のほとんどが、理由もなく惨殺されるという事件が起きた。残っていた指紋から犯人はすぐに割り出される。保安官と警察官の追跡の後、逮捕時の銃撃戦で一人は死亡、他の二人は捕らえられる。三人は軍隊で一緒だった男たちである。
生き残った二人のうちの一人は精神障害があるため訴追を受けることがない。もう一人の犯人エディが主犯格だと、誰もが確信しているのに、狡猾なエディは他の二人に全ての犯行をなすりつけて、自分はその場にいただけで何もしていないと否認する。他の二人がそれぞれ死者と精神障害者であることを盾にしているわけだ。

土地の人間たちの間で犯人に対する憎悪がつのっていく中で、保安官も裁判に関わる人間も、憤りや憎しみといった感情を排して公正な裁判が行われるように心を砕く。土地の人間たちが一方に同調しがちなのを心得ているからだ。教会の牧師の、神にすべてをゆだねて彼らを許すようにという訴えは、宙に浮いていて虚しい。教会の教えは教えとして、内心では誰もが犯人を許していないように思われる。

被告人エディの狡猾さに成り行きが加勢して、裁判は思いがけない方向に動いていく。陪審員たちは迷走し有罪の裁定を下せない。ところがその裁判の陰に隠して、まったく別の企みが進行していた。復讐のためのリンチである。
家族の悲惨な状態を最初に発見し、ひどいショックを受けながら、立ち直って気丈に振る舞っている家長のジェシーに味方する人間は何人もいた。法で裁けなければ自分達が裁く、そういうことが許されることがどうかを神に問うことはできない。関わることになった人間の苦渋を内側に巻き込んで、内密のうちに私刑は決行される。

エディは公判中は否認しているが、私的な場面では記者に犯行を打ち明けている。息子のしたことを悲しんで自殺した両親まで、息子が犯人であることを確信しているように書かれている。読者としてはそれを否定するわけにはいかないが、これが小説中でなくて現実に起きた事件だとすると、はっきりとした証拠がない状態では判断できないに違いない。粋がって悪ぶっているだけかもしれないのだ。
そう考えると読後感は複雑だ。



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中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
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