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見舞い時  9/22

半年ほど前大動脈瘤解離で倒れ、緊急手術を受けて一命をとりとめたクリーニング取次店の奥さんは、その後転院してリハビリを続け、何とか歩くことができるまでに回復して近々退院できるらしい。立ち話の中で、近所の奥さんからそう聞いた。近所の奥さんの所へ、取次店の息子さんが「母が挨拶に伺いたいと言っている」と言ってきたそうだ。
もう店は閉めることになったし、今まで通り一人で暮らすのは無理な体になったので、息子さん一家と同居ということになりそうだという話だった。

「新しくできたマンションのお客さんは何人も御見舞に行ってるのに、同じ町内に昔からいる人はほとんど誰も見舞いに行かなかったそうだよ」と、顔をしかめて奥さんは言った。
客商売で愛想は良かったが、負けず嫌いが言葉のはしばしに現れているような人だったから、古くからの人との長い付き合いではいろいろあったかもしれない。人の噂はどこまで本当だか分からないけれども。
同じ町内に昔からいる人は誰も来ないと言ったのは、目の前の見舞客を持ち上げてお礼を言った、言い種というだけのことだろう。誰も来ないと言ったって、私を含めて二三人は行っているはずだから。

私は近所の奥さんに、あの人はもう駄目かもしれないから顔を見ておくなら今のうちだと言われたので、慌てて見舞いに行ったのだった。その時はまだ意識は戻っても口が聞けないような状態だった。当然ながら看護の必要上、他人にはあまり見られたくないに違いない姿だった。
クリーニング取次の奥さんは、衣類を沢山クリーニングに出してくれる客は豊かな生活をしている層と見なして持ち上げるが、いくら普段親しげにしていても客ではない私のような人間のことは、内心軽く見ていたと思う。軽く見ていたはずの私に自分の無様な姿を見られたのは、回復した今では特に、情けなく悔しいことなのかもしれない。

見舞いには見舞い時というものがありそうだと、つくづく思う。


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中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
夫と猫2匹と暮らしています。リンクはフリーということでお願いします。

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