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Novel 11, Book 18 5/12

一風変わった小説を読んだ。ノルウェーの作家ダーグ・ソールスターの"Novel 11, Book 18"(ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン)である。作家の著書としては18番目、小説としては11冊目という、きわめて即物的な題名だが、一読して中身にふさわしいと感じた。
図書館で良さそうな本を物色していた時、北欧文学を集めたささやかな区分で見つけた。著者の名前はまったく知らなかったが、訳者が思いがけず村上春樹だったので興味をひかれて借りてきた。おもしろくない本を世界のムラカミが翻訳するわけがないではないか。

主人公の男ビョーン・ハンセンは政府機関につとめるエリートでありながら、不倫関係におちいった女性と暮らすために、妻子を捨てて女性の暮らす地方都市へやってくる。そこに至るまでに、妻との間におこったはずの悶着など、他人事のように感じているような描写だ。
地方都市の収入役の地位を得た時に古参職員からの反発をかっても、新しいパートナーの手引きでアマチュア演劇に熱中している時も、再び別れて一人暮らしになっても、前妻に引き取られていた息子が大人になって自分の前に姿を現した時も、いかなる事態にも主人公の内奥が揺さぶられることはなさそうだ。表面が波立つことはあっても、内部は静まりかえっているような感じで、心理の動きも感情さえも、ただそういうことがあったという事実の一環として平坦に描かれているように感じられる。

そうした表現のせいか、主人公が他者との関係に問題を抱えている人間のようにさえに思われるのだが。
人間が社会生活を円滑に送るためには、大勢に共通する決まり文句や、型にはまった行動をとるほうが無難だ。それは演技のようなものだ。例えばパートナーがほかの男と親密な様子になったときに、心の中ではそれほどではなくても嫉妬したふりをするような、小芝居とも言える行為だ。
彼は所属する劇団での軽演劇にあきたりなくなって、イプセンを上演しようと画策するが、果敢な挑戦はあっけなく失敗する。役柄を理解することと演ずることはまったく違うのであって、素人には本格的な演技は難しい。

二番目のパートナーと別れた後に現れた息子との関係を考察した上で、それでも自分はかつて妻子を遺棄したことをまったく後悔しないだろうと断言する主人公は、いったい何者だろう。

ビョーン・ハンセンが最終的に企んだのは、ごく限られた人間だけが承知しているというシチュエーションでの演技だった。
どうやら薬の中毒らしい医師を巻き込んで、彼は交通事故の後遺症で身体障害者になったようによそおう。韜晦という以上の、国家をも欺く行為だ。
秘密を共有する限られた仲間うちの、密な人間関係を彼が求めたかというとそうでもなく、どうして自分がそういうことをしたのかさえ、今では分からないと言う。
こうだからこうなったという必然性のかけらもない、これはきわめて恣意的な人生を送る一人の男の物語だ。

個人的にはこういう乾いた感じの小説はかなり好きで、おもしろく読むことができた。

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