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「こころ」について思ったこと 3/9

有吉佐和子の「悪女について」という小説は、一人の女をを巡る関係者の様々な追想から、彼女を立体的に描こうとする手法をとっていた。
少し前に宮部みゆきの「ソロモンの偽証」の下巻を読んで、主人公の中学生たちが裁判を通じて真実を探り出そうと、いろんな切り口で事件をあぶり出していく様が、重層的で読み応えがあると感じた。

こんなことを思い浮かべるのは、漱石の「こころ」の先生の述懐と比べてしまうせいで、ここ二・三日、ふと思うことがある。

「先生」はひたすら自分自身の内面に沈潜していく。
自分の信頼を裏切った叔父に対する怒り、欲がからめばそういうものだという人間性に対する考察、他者に対する不信感。他者のことばかり悪くおもっていたのに、当の自分はお嬢さんを巡る嫉妬から友人を裏切って、結果的に死に追いやってしまった。自責の念と悔悟のために棒にふってしまった人生。
今では妻となった人に打ち明ければきっと自分のしたことを許してくれるだろうと言いながら、妻のためと打ち明けもせず、友人Kが自死したのは失恋のためではなかったのではないかと疑問を投げかけながら、あくまで自分のしたことの結果だという自省は譲らない潔癖。
すごく一面的に思われるのだ。そのために面白さが損なわれているとは思わないが。

先生の遺書で終わらず、例えば「私」がそれに対してどう考えたか書かれていたらどうだろう。かえって間の抜けた作品になっていただろうから、これはこれでよかったのだろう。


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中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
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