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「おみおくりの作法」

少し前のことだが、レンタルDVDで「おみおくりの作法」を観た。
役所の民生係ジョン・メイは、看取る人もなく孤独死した住民の残したものを調査し、知らせるべき親族を探し出し、身寄りがなければ自分で弔辞を書き、死者の宗教に合わせて丁重に見送るという仕事を繰り返している。質素な暮らしぶりの独身者で、彼自身天涯孤独の身の上だ。

一方で役所の予算上の問題からそうした丁寧な弔いは不要とされるようになり、メイはリストラされることになる。民生係として最期の仕事となったのは、彼のすぐ近くの住まいで孤独死した老人だった。
最後の仕事にメイはそれまで以上に熱心に取りくむ。弔いのために、音信不通となっていた家族や知人・友人を訪ねて葬儀のために奔走する。挙げ句には自分の没後のために用意していた墓地まで、死んだ老人のために譲ってしまう。
自分たちを捨てた父を許さないと、いったんは葬式への参列を拒否した娘も彼の熱心さにほだされて葬式への参列を約束してくれた。ところがやっと葬儀の段取りが整ったその直後に、彼は交通事故にあって亡くなってしまうのだ。

メイの葬儀には一人も参列者がなく、弔辞も読まれない。同じ日にとりおこなわれた老人の葬儀には、メイが参列を説得した身寄りや知人が集まっているというのに、その傍らをメイの遺体を納めた棺がひっそりと通り過ぎていく皮肉。
最後にひと気のなくなった墓地の、彼の墓の周りには過去に弔いの世話をした多くの人の霊魂(亡霊?)が、多分は感謝と歓迎のために集まってくるというストーリーになっていて、この場面では気持ちが和んだ。

故人の人生を想いながらねんごろに弔うことは、死者の魂を救済することになるだろうか。メイは死者の魂に安らぎを与えたのだろうか。

ふとそう思ったのは、テレビの番組「金スマ」に渡辺和子さんが出演された時のこと、マザーテレサのエピソードが紹介された時だった。
マザーが建てた(死を待つ人たちの家)に関して、「人手も薬も足りないのに、もう助からない人に与えるより他に回した方がいいのではないか」という質問を受けて、「薬が病気に効くのかどうかは分からないが、死にかけている人の魂を救うことはできる」と答えられたそうである。路傍に放っておかれて死を待つだけになっていた人も、マザーの施設で体を清められ暖かい食事と薬を与えられて、明らかに安らかな表情になって旅だっていくそうだ。魂の救済とは、もはや薬を与える必要もないと打ち捨てたままにしておかれるのでなく、その人が生まれてきてそこに存在していることが認められることではないか。

そんなふうに思ってはみても、本当のところは私にはまだわからないままだけれども、ただただ、マザーのその答えには心を打たれた。

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中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
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