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「わたしの開高健」を読んだ

  細川布久子著「わたしの開高健」を読んで、今ちょっとしたショック状態である。
 著者は1947年生まれだそうだから団塊の世代の一番年長で、私とは一歳違う。その、ほとんど同年代の人が、たまたま読んだ開高健の小説「夏の闇」に芸術的な感銘を受けて、おそらくは直感的に、「この人の言葉は、信じられる、そう思った」というのだ。なにより本とのそういう出会いがあったということが私には羨ましい。それが上京のきっかけになったというからよほどの衝撃だったに違いなく、先が読めないままただ思いだけで行動したという、そういう人が同年代の女性の中にいたということが驚きだった。
 若い頃本はよく読んだ方だと思うが、私にはその後の一生を左右されるような出会いはなかった。「夏の闇」も「輝ける闇」も読んだはずなのに、本の内容も覚えていない。生き方が生ぬるいと、感受性も生ぬるくなるのかもしれない、と一人自嘲してみたりして。
 
 本の内容は、上京して雑誌社のアルバイトから始めて社員になり、ひょんなことから実際に作家開高健氏と顔を合わせる機会を得て、紆余曲折の末に仕事上の付き合いから次第に個人的な依頼までもこなしていくようになったいきさつの思い出や、作家周辺のエピソードなどが綴られたものだ。

 一口にいえばそういうことだが、今まで知らなかったことが多かった。
 「夏の闇」の発表で夫の婚外恋愛を知った牧羊子夫人が怒り狂い、それ以後の夫婦仲は険悪そのものだったとか。羊子夫人の詩は読んだ事がないが料理エッセイは読んだ事があって、夫人が料理上手だということは知っていた。開高健氏は夫人の手になる旨い料理を食べ続けた結果、あれほど恰幅が良くなったのだと思っていた。普通の家庭生活だと思っていたが、全然違っていたらしい。
 世界で多くの悲惨な死を目撃してきて虚無を知っていたはずなのに、 その「夏の闇」のモデルになった女性が留学から帰った後に会った翌日、交通事故で亡くなってしまった事のほうがずっとこたえたという、吉行淳之介氏との対談の中での述懐。もう一度、「夏の闇」を読み返してみようという気になった。
 
 私は開高健氏の本は小説以上にエッセイや雑文をよく読んだ覚えだが、その中で推薦されていたスパイ小説も読んだりした。「白い国籍のスパイ」(ジンメル)「スパイになりたかったスパイ」(ミケシェ)など、面白かった。細川さんが開高氏から買うように頼まれた本は外国のミステリや冒険小説、スパイ小説などのエンタテイメントばかりだったそうで、純文学作品はほとんどなかったという記述があって笑えた。某有名かつ優秀な大学の研究室に漫画本が沢山ころがっているとかいう話と同質なのか。いやいや、著名な作家になってからのことだから、そういったエンタテイメント小説を自分で購入するのが恥ずかしかっただけかもしれないが。
  
 開高健氏は「人たらし」と称されたほど、男女を問わず人を惹きつける人だったそうだ。仲の良い友人も数多く、ついでに女性関係も多かったらしい。人間性が豊かで魅力溢れる人だったからこそであったろうが、この作家を師と仰いで傾倒してきた細川さんにもいくらか恋愛に近い感情があったのかもしれない。作家の側からはややこしい関係にはなりようがないと見なされてきたかもしれないけれども。逆に、だからこそ信頼関係が長続きしたのかもしれない。結局編集者の仕事をあきらめて次に選んだ仕事も、作家から手ほどきを受けたワインの探求だそうだ。それに関して「ロマネ・コンティ・一九三五年」という作品が、そのロマネ・コンティのワイナリーのオーナーに「ロマネ・コンティの評価として一番のお気に入り」と賞賛されたというエピソードなど。そういう凄いエピソードがいろいろある。
 
 作家の人生も凄かったと思うけれど、その作家を追いかけ続けた細川さんの人生もなかなかのものだと思った。金銭とは無縁だったかもしれないけれど、確かに生き抜いたと、人生の最期に振り返ることができるのではないか。

 


 
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