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文豪の少女小説

 子供の頃から本を読むのは好きなほうだったけれど、本を買って貰った記憶はない。一般的な家庭では子供向けの単行本や、少年少女文学全集などは買い与えたりしなかったと思う。子供向けの本はその時々の成長に合わせたものが必要になってくる。教科書でさえ兄姉のお古を使いまわしていた時代のことだ。そういう本は図書館で借りるのが当たり前のことだった。

 小学校の高学年の時に借りた本の中に、川端康成の「万葉姉妹」と言う少女小説があった。「かわばたやすなり」が高名な小説家の名前であることは知っていた。大人が読む本を書く人だと思っていたので、自分達にも読める本の作者としてその名前を見て、不思議な気持ちがしたように憶えている。
 「万葉姉妹」は、万葉歌に因んだ名前をつけられた二人の姉妹の物語だ。戦後間もないころの話である。幼い時に生き別れになった姉妹が、妹が孤児になったことで同じ屋根の下で暮らすようになる。二人は自分達の間柄を知らされていない。姉は父親の主筋に当たる家の養女になっていて、美しく誇り高い少女に成長している。昔のつてで自分の家に引き取られた田舎育ちの妹とはなじもうとしない。時には冷たくあしらったりする。けれども姉妹はそれぞれ別々の機会に、自分達の血が繋がっていることに気がつく。姉は胸を病み最後には亡くなってしまうが、間際に二人はお互いをはっきり認め合う。

 なぜかこの小説には子供心に引かれるところがあった。零落したとはいえ上流階級に属する人たちの暮らしぶりとか、言葉遣いの上品な雰囲気に、田舎の子はたいそう憧れた。同じ本を何度も借りて繰り返し読んだせいかもしれない。例えば夕食にアスパラガスが出て、妹が食べられないでいると姉が「アスパラガスが召し上がれないのね」とわらったことや、終わりのほうで病み衰えた姉が自分の腕をごぼうになぞらえたこととか、二人の保護者であるおばあさまが姉の名前の「あみ」をフランス語のアミに通ずると言ったこととか、姉の死後、学校のバザーに戦前のレースのハンカチーフを出品したこととか、本来の筋立て以上に、断片的なエピソードのほうがはっきり記憶に残っていた。50年もの間だ。

 成長するにつれ、私の頭の中では川端康成と少女小説がじょじょに乖離して、記憶が曖昧になっていた。「万葉姉妹」という本を確かに読んだことがあった。でもそれは他の誰かの作で、川端の作と間違って記憶していただけのことかもしれないと思うようになった。考えてみたら、「古都」という小説を書く人だから、「万葉姉妹」を書いていても不思議ではなかったのだが。もし子供の頃に「万葉姉妹」を買い与えられて自分の本として大人になるまで大事に持っていたとしたら、川端作品の一端にそういう少女小説があった事実を疑わなかったことだろう。
 
 ところで本当に最近のことだが、ある時思いついてネットで「万葉姉妹」を検索してみた。間違いなく川端康成の作だった。その時知ったのだが、この作品は戦後間もないころ書かれたもので、以後何十年もの間読まれ続けており、文庫本にもなっていたのだ。アマゾンで調べたらその文庫本も現在では廃刊になっていて、中古本としてえらく高値がついていた。ネットオークションに出品されるのをじっと待って、それよりは安値で落札できたので、今文庫本の「万葉姉妹」が私の手元にある。
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