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減塩はおいしくないかも

減塩を始めて2か月が過ぎ、調理のたびに電卓で塩分を計算する回数は減ってきた。
料理が好きではないし、食事内容に変化をつけて目新しいものを食べようという気持ちも余りなく、定番といえば聞こえはいいけれどもだいたい決まったメニューの繰り返しになっているので、そのたびに計算する必要がないのだ。

キッチンスケールは迷った挙句、ネットオークションでタニタの最小単位が0.1gのものを落札した。
届いてから何度か調味料の分量を確かめるために量ってみた。味噌の重量をきちんと量ってみたら、今まで目分量で味噌汁一杯分だいたい小さじ2杯で10gくらいと思っていたのに、10gというのは思っていたより小さな玉だった。確認できてよかったと思うべきか。

以前から外食はほとんどしたことがない。たまに夫がデパートの物産展で名物の弁当を買ってきたり、スーパーで出来合いの弁当を買ってくることはあったが、最近そんなこともなくいつも自宅で作っているにもかかわらず、醤油や味噌やつゆの素というような調味料が減らない。その代わりに酢が減るのが早い。
塩分を制限するとどうしても味付けが物足りないようで、おいしいものを食べている気がしない。

テレビではニュースの時間でさえ新しい飲食店の開店やデパートの物産展の紹介をしていて、お客さんが押し寄せていると伝えている。見ていると高齢の人も多いようだけれど、皆さん体の不調はないのだろうかと、不思議な気がしてくる。
ちょっとだけうらやましいかな。

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「湖の男」を読んだ

アーナルデュル・インドリダソン「湖の男」(東京創元社)を読んだ。
エーレンデュル捜査官のシリーズで「湿地」「緑衣の女」「声」に続く作品。

胸のすくような推理小説ではないし派手な立ち回りもない、落ち着いて静かな印象の作品だ。
登場人物の警察官の顔ぶれも同じだが、この作品には影の主人公がいる。アイスランドの労働者の家庭で生まれ育った若者トーマスだ。
トーマスは社会主義にこの世の正義を見出して旧東ドイツのライプツィッヒ大学に留学する。理想に燃えていた彼が、大学内でさえシュタージに支配されて常に誰かに見張られており、密告や裏切りが蔓延していることに気がついて、次第に失望するようになる。それでも本当の社会主義はこんなものではないと考える若者が痛々しい。誰を信じたらいいのか、純朴であることが仇になる社会なのだ。
ハンガリーからの留学生だった恋人は反逆者として拉致され、彼自身も故国に放逐されてしまう。密告者が誰なのか分からないのが不気味だ。

そういう過去の上に事件が起き、さらにずっと後になって偶然被害者の白骨死体が発見されて、エーレンデュル捜査官の出番がくるという筋書きである。

ミステリの範疇を超えてじわじわと心を動かされる作品だった。若くて青臭かったころ、トーマスと同じように社会正義を信じようとしていた世代だったせいかもしれない。

エーレンデュルにはヴァルゲルデュルという女友達がいる。夫の不貞に我慢できなくなって離婚を考えているが、エーレンデュルに判断を仰ぐ気はない。自分のことは自分で決めると言うのだ。自分は自分という潔いまでの自立心は一人の人間としての矜持でもあるのだろう。
人に相談するのが悪いことではないけれども最終的には自分のことは自分で決断するしかない。年をとってくるとつい人を頼りたくなりがちだが、本来の自分を捨ててはいけないと思う。


買おうか買うまいか

一昨日の朝血圧を測ったら、最大値が106だった。あら、と思ってもう一度測り直したら、二回目には100を切っていた。ここにきて減塩の効果が現れてきたらしい。日にちはかかってもそれなりの結果が出ることが分かった。100を切るような日が続いたら降圧剤は飲まない方がいいだろうけれど、昨日・今日は110前後の数字が出ている。
何年か前の夏、理由ははっきりしないが、血圧が急に下がったことがあった。かかりつけの医院でもう一段弱い薬に変えてもらおうとしたら、今使っているのが一番弱いからしばらく飲まずに様子をみるようにと指示されたことがあった。その時も今も薬は同じはずだ。
次に行ったとき、降圧剤を中断してもいいか先生に相談してみようと思う。

塩分の制限を今後も続けていくのに、調味料を正確に測ることができるキッチンスケールがあった方が便利ではないかと考えるようになった。
食塩そのものは言うにおよばず、味噌とか醤油などもg単位で測れば、もっと正確に計算できるはずだ。
今使っているキッチンスケールはもう二十年以上前に買ったアナログの1kg計で、目盛りの最小単位が5gだ。調理する食品の量が多ければそれでも間に合うかもしれないが、なにしろ毎日ちまちまと二人分の食事を作っているのだ。食べ盛りの子供のいる家庭で若い人好みの濃い味付けで沢山作る場合とは、調味料の分量がまったく違う。
1日分6gなどという塩分計算をするには、せめて1g単位、できれば0・1g単位で測ることができた方がいい。

アマゾンで探してみたら、いろいろ便利な機能つきで0.1g単位のものがたくさんあった。安いのは有難いが、問題はすぐに壊れたりしないかだ。やっぱり国産のタニタがいいかしら、ソーラー電池が組み込まれている製品はどうかしら、などと迷っている。この先長いつき合いになるかもしれないし、逆に、老化が進んで面倒くさいことが嫌になっていつの間にかほこりをかぶるようなことになるかもしれないし。


減塩生活

減塩を心がけるようになってほぼ一か月経った。電卓を叩きながら調理する日々を続けて、今のところ一日6g以内に収まっている(はずだ)。

以前雑誌で高血圧を何とかしようと減塩を始めた方の経験談を読んだことがある。本態性高血圧と紹介されていた。その方の場合は一か月目くらいから効果が表れたそうだ。

自分もそろそろ効果が出てきているのではないかと、久しぶりに血圧計を取り出して測ってみた。ところが期待に反して最高血圧140などという数字でがっくりした。長い間使わないでいたうちに血圧計が壊れたのかと思い、もう一度測ってみると二回目は127だった。一度目に高かったのは、どういう数字が出るのかと緊張していたせいかもしれない。

降圧剤を飲んでいるにもかかわらず最高血圧127では、減塩の効果がまだ表れていないということか。それとも一日6gでは大した変化につながらないということなのか。
雑誌記事で読んだのは一日3gに制限していた方の経験談だった。3gというのは相当厳しい制限で、例えば刺身を食べるときにも醤油を使えないようなことになる。サラダにドレッシングなどまず使えない。食パンだって6枚切り一枚に0.8gの塩分があるのだから、気楽に食べられなくなる。
それにもかかわらず、降圧剤を減らすことはできたが必要がなくなったわけではないという結果だったのだから、6gでは大した変化にはつながらないということなのだろうか。
とりあえず基準値内だからいいが、薬を飲まなくてもそのくらいの数字に落ち着いてくれたら、減塩の甲斐があるのにと思う。

血圧計を出したついでにその場にいた夫の血圧も測ってみた。夫のほうは減塩などどこ吹く風、味噌汁大好き、どうしても薄味になりがちなお菜が物足りないのかご飯の上に海苔の佃煮、漬物もバリバリと食べている。それなのにいきなりの測定でも上が120、下が67という安定状態。私の顔を見てニヤニヤしているのだから何となく悔しい。
食塩に対する感度というのか、体質の違いなのかしらん。

私の場合、減塩はもちろん血圧のためでもあるが、腎機能に黄色信号がともったからでもあるので、このまま続けるつもりでいる。本格的に腎臓病と診断されると、ナトリウムもカリウムもたんぱく質も制限されるらしい。健康体の人なら、カリウムはナトリウムを排泄を助ける作用があるので積極的に摂るべきと推奨されているのに、腎臓が悪いとそれさえよくないというのだ。そうなると食べられるものがなくなってしまって困りそうだ。

従姉の亡夫は腎臓を悪くして、長年透析を受けていた。食事を作っていた従姉はどうしたものかと困っていた。昨今は宅配の病人食があるらしいけれども当時は家で作るしかなかったから、本格的な病人食を作るのは気骨の折れることだったに違いない。
塩分だけの制限ならそれほど難しくはない。最近の市販食品には成分表示があって大抵のものに塩分についての表示もあるから助かっているが、制限の範囲がカリウムやたんぱく質にも広がると、なかなか大変なはずだ。


最近読んだミステリー

2018年版「このミステリーがすごい」(宝島社)のランキングで、海外編の一位は「フロスト始末」(R.D.ウィングフィールド)、二位は「湖畔荘」(ケイト・モートン)だった。

フロスト警部のものは、以前シリーズ中の何かを借りてきたことがあったが、読みにくくて途中で投げ出した。何だかごちゃごちゃしていると思った。
それでも多くのミステリー評論家の投票で一位になったのだから、最新作は面白いのかもしれないと思い、二位の「湖畔荘」と一緒に図書館で予約しておいて借りてきた。

「フロスト始末」は作者が亡くなったため、シリーズの最終作だそうだ。
フロスト警部は、捜査方法は抜け道だらけ、経費を誤魔化すなど日常茶飯事といった破天荒な警察官である。そのくせ部下からの信頼は厚く慕われている。署長の差配のせいで人員不足に陥っている中、彼は次から次へと起こる重大事件に振り回されていく。
フロストを好ましく思っていない署長と、左遷を企んで呼び寄せたスキナー主任警部は、表面的にはまっとうな警察官でありながら腹黒く出世欲にとりつかれているようだ。その表裏のある官僚的な性格を皮肉るような、とても上品とはいえないフロストの冗談に笑いのツボをつかれてしまう。イギリス流のユーモアというものかもしれない。起こっているのは醜悪で悲惨な事件ばかりのはずなのに、読みながらつい声を上げて笑ったところが何カ所もあった。
フロスト警部シリーズの面白さが少しは分かったように思う。

フロスト警部に比べると「湖畔荘」はずっと穏やかで、ミステリーというより物語という感じだ。
70年前に起きた幼い男児の行方不明事件を核に、時を隔てて家族の歴史が解き明かされていく。これも一種の謎解きだからミステリーに分類されているのだろう。
登場人物それぞれの個性や生き方がきちんと描き分けられており、大団円では登場人物の思いがけない関係が明かされる。ハッピーエンドで終わるせいで、読後の気分は晴れやかだ。

以上の二作品と一緒に、フェルディナンド・フォン・シーラッハの短編集「罪悪」と「犯罪」も借りてきた。「コリーニ事件」と同じ作者だ。
二冊とも刑事事件専門の弁護士という仕事上から着想を得たと思われる事件が、簡潔な文体で書かれている。対象に過剰な思い入れがなく、弁護士の目線から犯人の人生が淡々と語られている。それが逆に読む側の想いを引き出しそうだ。
シーラッハは日本の俳句に興味があるらしい。この前に借りてきた「禁忌」(東京創元社)の後書きに書かれていたような記憶がある。
「犯罪」の中に収められている「ハリネズミ」という短編の主人公で、周囲の誰からも軽視されているカリムという末っ子が老獪だ。馬鹿を装っていながらその実は非常に賢く、誰にも知られないように独学で勉強し、投資をして金儲けをしている。窃盗犯として起訴された兄弟がカリムの証言で無罪になってしまうのだ。裁判の公正からはかけ離れているには違いないが、手口が鮮やかすぎる。家族の誰もがついに彼の本当の姿を知らないままで、そこがすごい。


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Author:ohutarisama
中部圏に住む1948年生まれの専業主婦です。
夫と猫2匹と暮らしています。リンクはフリーということでお願いします。

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